暮らしの視座 その4
雪崩遭難事故について考える
上野昻志
三月二七日の早朝、栃木県那須温泉ファミリースキー場で起こった雪崩により、男性教員以下、十六歳から十七歳の高校生七人が亡くなったという事故は、なんとも痛ましい限りである。
常日頃、わたしは、山の遭難事故に関しては、それほど強く心を揺さぶられることはなかった。登山には危険が伴うことは、ある程度経験を積んだ人には、あらかじめわかっていることだと思うので、それを知って出かけた以上、仕方がないのではないかと思ってしまうのだ。
だが、今回は違う。十六,七の、これから本当の人生が始まるという若者たちが亡くなったということに、なんともやりきれない想いがするのだ。彼らは、山岳部に入っていたとはいえ、山に対する知識が十分あったとは思えない。あくまでも、指導者に従って行動し、少しずつ身につけていくという段階だったろう。逆に言えば、指導者の指示が絶対なのだ。しかも今回は、「登山」ではなく、「講習会」だったというのだから、指導者の責任は重大である。
その点に関して、栃木県立大田原高校の教諭で、講習会の指導者は、テレビ取材の席で、荒天のため登山は中止し、代わりに「深い雪の中を歩くラッセル訓練をした」というのだが、その際、自分は「雪崩の起きやすい場所は熟知しているので、それを避けて訓練するようにした」という点を強調していた。
つまり、あそこで雪崩が起きたのは「想定外」だったというわけだ。「想定外」ねぇ・・・「想定外」とは、3.11の東日本大震災の津波で原発が制御不能になり、その結果、放射能をまき散らす結果を招いた事故が起こったとき、東京電力が頻発した言葉である。要するに、あそこまで大きな津波が来るというのは、「想定外」だったというわけだ。のちに明らかになるように、それまでの調査・研究で、津波があのときと同じように、14,5メートルの高さになることを予想したうえで、それに対処する設計計画も考えられたのだが、東電は、費用がかかりすぎるということで、それを取らなかったのである。要するに、「想定外」なのではなく、想定できたのに、経済効率優先で、ネグレクトしたのである。
むろん、今回の事故と原発事故は違う。だが、「講習会」の指導者が、雪崩は「想定外」の場所で起こったという意味のことを強調するのは、おそらく、今後起こりうる裁判を意識してのことだろう。かりに業務上過失致死罪には問われなくても、遺族が賠償を求めて民事裁判を起こす可能性はある。そうなった場合を、それこそ「想定」して、それも学校関係者全体の意志として、あるいは弁護士などとの相談のうえ、彼は、あのような発言をしていると思われる。
亡くなった人のことを思えば、痛恨の極みではあるが、しかし、このような対応はよくあることではないか。人の生命に対して責任を取ることより、組織を守ることを優先するというのは。
そして、その組織における行動の仕方として、ここには、もう一つの「よくある」ことが露呈しているように思う。一言でいえば、春の山という、素人から見ても、もっとも危険な時期の山において、それも荒天のなかで、登山は止めたとはいえ、なぜ、下山と決めず、「ラッセル訓練」をやらせたということだ。わたしは、このこと自体に、この国の、とりわけ集団行動における宿痾ともいうべきものを感じるのである。
つまり、集団で何かをやろうと決めたことが、天候その他の状況変化で出来なくなったとき、ただ止めるという決定をすることがめったになく、ほとんど必ず、代わりに何かをやろうとするのだ。わたしは冗談交じりで、それを日本的貧乏性といったりもするが、要するに所期の計画がダメになったとき、何もせずに引き返すことに対して非常な抵抗があるのだ。だから、何もせず引き返そうと決断した指導者は、ときに卑怯者と指弾されるのである。
日本の軍隊が、退却を忌避し、戦局が決定的に不利な状況でも、突撃を敢行して壊滅的な敗北を喫するというのが、その典型だが、それが、決して特異な例ではなく、会社組織においても、学校の運動部などにおいても日常的に見られることなのだ。
今回の「講習会」においても、荒天だから登山は危険だと判断したにも拘わらず、即下山とせず、「ラッセル訓練」を指示した責任者の意識には、そのような日本的な代替え思考とでもいうべきものがあったと思われる。せっかく春山登山訓練のための「講習会」を行ったのに、何もせずに下山しましたというと、おそらく、なんだ、根性ないね、とでも言いたげな軽い軽侮に似た反応が、周囲から起こるのではないか? ということも、指導者の意識のうちには組み込まれていたのではないか。
自然に「想定外」などということは、あり得ない。「想定」しているのは、凡庸な人間に過ぎず、それはしばしば自身の都合に左右される。だが、それにしても、この国では一度決めたことを止めるという決断が、それほど困難なことなのか・・・。