■講師コメント
『東京暮色』は、小津安二郎監督は自信をもっていたようだが、公開当時、評判が良くなく、失敗作と言われ、実際､それ以後、『晩春』などの路線を引き継ぐ方向に軌道修正を図る（次回作『彼岸花』）。
しかし、わたしは、戦後の小津作品のなかでは、これが一番好きであり、今夏、池袋の新文芸坐で篠田正浩監督と話をした折り、篠田監督が、この作品がベストだと思うと言われたので､大いに我が意得た思いがしたものである。
小津は、戦争が戦後の日本社会、とりわけ家族関係に及ぼした変化に常に関心をもっていたが、それを作品にストレートに表すことは少なかった。それが、『東京暮色』では、戦時下の外地で夫や子どもを捨てた女性と娘の関係や､前作の『早春』を引き継いだ戦後風俗のなかでの男女関係などを、正面から描いているのである。
一般的な評判などに煩わされることなく、この方向をさらに突き進めていたら、どんな映画がつくられたかと思うと、元の世界への回帰は残念である。